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比べるのが好きじゃない

広告が出てしまったので日記でも書こう。
なんとなくこの間思った事。

ちょい前に『君の名は。』がテレビでやってて久しぶりに観た。
それでふと思い出したんだけどこれの公開時にもうちょっとコアな方向で支持されていたアニメ映画があった。
公開時期も近かったから両方を並べて比較する人も多かった。
確かにその作品は『君の名は。』とは別ベクトルでとても面白かった。素晴らしい情熱のこもった作品で俺もとても大きく感動したし涙も出た。ずしんときた。
同じアニメという枠で一方はエンタメに振り切って一方はメッセージ性を強めたような対極にも見える作りだったので比べたくなるのも分かる。
しかし
〇〇の方が真の作品というものである。
〇〇の方が100倍意味がある、面白かった。
みたいに乱暴な言い方をする人もいて俺はなんだかちょっと嫌だった。
以前『好き』というタイトルでブログにも書いたが作品と言うものはそれぞれ別の何かを表現する為に作られたものである。
作品は時に人の心を救うけれど救う部分は作品それぞれ違う部分だしどんな作品でどこが救われるかはその人の生い立ちで様々であるというようなことを書いた。
そして人の心はどんな思いでも貴賎は無く平等であると考えるならば比べること自体が無意味だと思うのだ。
作品というものはそれぞれが人の想いでできており一つ一つが自分とは違う思想を持った人間そのものとも言える。
その作品が人間が自分にとってはこう感じたと言ってもそれはたまたまその人にとってはそうだったということにしかならずそこに絶対的な評価など無いんだよ、多分。
だから俺は作品を比べるのがあんまり好きじゃない。
その中でも特に何かの評価を上げるために何かを落とすような表現が苦手である。
それは作品の評価などではなくそれを語る人の私はこういう人間ですよという自己紹介にしかならないのだ。
そんな強烈なエゴは差別や偏見につながる気がしてなんだか怖い。

というようなことを『君の名は。』を観ながら思い出しツイートでもしようかと思ったが皆が楽しんでる中そんなことつぶやいても無粋この上ないなと思い直し書きかけのツイートを消した(凄くよくあるこういうの)
俺自身は『君の名は。』を楽しい映画だなと思っていたので余計そんなことを感じたのかもしれない。
比べたりするのたまにやっちゃうんだけどね自分でもね。
自戒を込めてとでも書けばこの文章は締まるだろうか。
自戒を込めて。



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友達100人できるかなについて

友100-1

さてさて自己出版しました『友達100人できるかな』kindle版発売中でございます。
詳細はこちらの記事で→『友達100人できるかな』kindle版発売

『友達100人できるかな』kindle版販売ページ

こちら個人でカチカチPCと向き合いつつ作ったものでして久々こちらの漫画と向き合ったことでちょっと昔のことも色々思い出しました。
そちらを当時のスケッチブックの画像はさみつつつづってゆきたいと思います。

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好き

単行本発売日なんでツイッターでエゴサして感想探してたらさ
『面白いとか面白くないとか関係なく良い気持ちになった』
みたいな感想があってちょっと笑い突っ込みしちゃったのね。
『俺は面白いと思って描いてんだよ!(笑)』って。
ちょっと複雑な気持ちはあったけどその感想すごく嬉しかったんだよ。
でね、最近俺『好きってなんだろう』ってちょっと考えてたの思い出したのね。

俺の友達にわりと何の感想でも否定からはいる奴いてさ、映画とか漫画とかでセオリーを無視したいびつな構成の作品を(教科書的には)それはこうじゃないっていう否定の仕方をするわけ。
それは勿論正しいし会話の種として面白いからまあいいんだけどさ
俺はそいつと話してて俺が感じる作品の一番大切なものってそういう部分じゃないって思ったんだ。
例えば俺の一番好きな監督は一つ前のスパイダーマンシリーズを監督してたサム・ライミなのね。
そんでよく完璧な作品を作ることで有名なスタンリー・キューブリックって監督いるじゃん。
キューブリックとライミでどっちがちゃんとした映画撮るかつったらそりゃキューブリックだと俺も思うわけ。
でもちゃんとしてりゃあ好きなのかっていうとそうでもないんだよ。
キューブリックに比べたらライミの構成は強引なとこも多いし(そこが好きだけど)繊細な感情表現も得意とは言えないと思うし(そこも好きだけど)絵作りだって大げさすぎてリアリティが無いし(でもそこが好きだけど)穴だらけなんだよ。(でも好きなんだ!)
僕たちは一人一人が違う個性を持って違う生い立ちで育った人間だから作品のどこでひっかかるかは皆違うはずなんだ。
例えば恋をしたことがある人は恋をする人の気持ちが分かるから恋愛ドラマに感情移入しやすいかもしれない。
家庭を持っていてそれをとても大事にしている人は家族が危機にさらされるサスペンスドラマを観てそうでない人よりそこハラハラしてしまうかもしれない。
ストレスの多い生活をして心の奥底に破壊願望がある人は無茶苦茶に街がぶっ壊れる作品に手を叩いて喜ぶかもしれない。
それらを持たない人たちからすれば何が面白いから分からない作品になるかもしれない。
そんな作品をその人たちは低俗だと言うかもしれない。
でもそうじゃないんだ。
それを喜ぶ人たちはその作品で救われるものがあるんだ。
その救われるものの大きさは作品の構成の完璧具合でもテーマの高尚さのレベルにもよらないもっと個人的なそれぞれの心にしか響かない尺度で計るものなんだ。
そういうのひっくるめて短い言葉にすると
『好き』ってことになるんじゃないかな。
そして僕の中で好きはシステムよりも優先されるものなんだ。
例え誰か他の人たちが低俗だ稚拙だ無意味だと言うような作品でも自分の心に響くものがあるならば声を大にして僕はこれが大好きですと言いたいし、そう言ってる人を見るのも好きだ。
僕の作品もそういう愛され方をされたらすごく嬉しいなあと思う。
だからさっきの感想が嬉しかったのかな。


いつか整理したい自分の心の動きだったのでメモ代わりに。

プロフィール

とよ田みのる

Author:とよ田みのる
ゲッサンにて『タケヲちゃん物怪録』連載しておりました。
現在のんびりしております。

作品試し読み(ソク読みさん)
『タケヲちゃん物怪録』
『ラブロマ』
『とよ田みのる短編集 CATCH&THROW』

著書(紙版)

著書(Kindle版)

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